白銀が交わる

猫というのは不思議な生き物だ。

時代を遡れば、それは古代エジプトの壁画に現れる。

神の眷属とも解釈される,神秘の生物。

現代でも,彼ら彼女らは,人間を手玉に取っている。

自由気ままに街を練り歩き,人生もとい猫生を謳歌する姿は,見るものを虜にしてしまう魔法を備えていた。

どこで得たかも覚えていない知識や妄想を頭の片隅に追いやり,現実に意識を向ける。

目の前にいるのは,この地域をナワバリとする野良猫集団。

そして,その中心のベンチで眠る,白髪の少女。

大学の帰り道。

いつものように公園で,野良猫と戯れようと思っていた矢先のことだった。

(知らない女の子……。多分,あことほとんど身長は変わらないわね……。)

すやすやと,穏やかな寝息を立てている。

季節は冬目前。

冷たい風は止むことを知らない。

しかし、少女が纏っているのは明らかに薄着で、見ているこちらが寒くなりそうだった。

見知らぬ少女だが,このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。

数瞬の迷いを経て,意を決して声をかけた。

「ねえ,あなた。ここで寝てしまうと風邪をひくわよ?」

私の言葉に同意するように,1匹が鳴いた。

その猫はそのまま彼女の膝に飛び乗り,ペシペシと叩き始める。

「ん……。おきる……。」

眠たそうな声を出しながら,白髪の少女は目を開けた。

開かれた目は,青と金のオッドアイ。

透き通るような白い肌は,触れてしまうと壊れてしまいそうだ。

「ん。だれ。」

少女がこちらを眺めてくる。

どこに焦点があっているのか,いまいち分かりにくい。

「起こしてしまって,ごめんなさい。私は,友希那よ。

 あなた,寒い日にこんなところで寝てしまうと,風邪をひいてしまうわよ?」

話を聞いているのかいないのか,いまいち判別がつかない。

彼女の細く小さな手は,膝に居座る黒猫を優しく撫で続ける。

「ん。ありがと。わたしは楽奈。ゆきなもねこと,あそぶ?」

少女ー楽奈は,ベンチの隣に目を移す。

早くここに座れと言わんばかりに。

「ええ。そうするわ。」

この後、スタジオを借りての練習がある。

とは言っても、自主練なので時間を厳密に決めていた訳では無い。

この子の誘いを断る理由は,特に無かった。

「ゆきなも,ねこ,すき?」

「そうね。猫は可愛くて好きだわ。あなたも?」

返答はない。愚問だったようだ。

野良猫たちは警戒心が薄いのか,こちらに敵意を向けることなく,すり寄ってくる。

いつの間にか,楽奈の頭と肩にも,猫が陣取っていた。

そんな姿を微笑ましく見ていると,ベンチの裏に置かれたキャリーケースが目に入った。

「あら,あなたもバンドをやっているのね。」

黒いシンプルなギターケース。

それを持っているのは,バンドをやっているからに他ならないだろう。

「ん、バンドやってる。ゆきなも?」

「ええ。私はボーカルをやっているわ。」

「ん。らーなはギター。ギターとねこが好き。」

会話は単語だ。けれども,彼女がギターを好きな気持ちを感じた。

自身をもって好きなものに挙げるには,それ相応の愛がいる。

どうやら私は,楽奈と名乗る少女に興味が湧いてきてしまったようだった。

この小さな体でどんな音を奏でてくれるのだろうか。

ぜひ一度セッションしてみたいものだ。

「ねえ,ゆきな。このあと、バンドやる?」

まさかの誘いだった。

(バンド……おそらく、セッションのことよね)

音を愛する者同士、波長はどこか合うらしいようだ。

「そうね……。楽奈さんがいいならぜひお願いしたいわ。」


「すみません。2人で入れますか?」

以前、よく使っていたライブハウス『CiRCLE』の二号店『RiNG』での受付。

「はーい!ただいま!

って、友希那先輩じゃないですか!」

受付には見知った人物が立っていた。

「あら、山吹さん。久しぶりね。

確か、ここでバイトを?」

「そうなんですよ〜。2人ですね?

あれ、友希那先輩と……あとどなたですか?」

そこにひょっこりと顔を出す楽奈さん。

少しびっくりしている山吹さんは、少し面白い。

「ええ、楽奈さんと一緒よ。」

「……楽奈ちゃんと友希那さん、お知り合いなんですか?」

どうやら、山吹さんも彼女のことを知っているようだ。

話によると、RiNGにふらりと現れては抹茶とギターを掻き鳴らしていく野良猫として、最近有名らしい。

「もしかして、ご存知なかったですか?」

「そうね。最近はレコーディングが多かったから、ここには来ていなかったわ。」

カウンターに座り、足をプラプラしている楽奈さんはどこか退屈そうだった。

世間話もほどほどに、受付を終わらせる。

(それにしても、野良猫なんてあだ名がつくなんて、本当に猫みたいだわ。)


防音室はとても整頓されていた。

このライブハウスを利用したことはさほど多くはないけれど、どこか慣れ親しんだ匂いがする。

マイクをセットして、発声練習を行う。

基礎練習はプロになった今だからこそ、これまで以上に大切にしていた。

楽奈さんは床に座って、渡したスコアを眺めていた。

渡したスコアは「Determination Symphony」

紗夜の正確なギターが輝く一曲。

スコアに目を通す彼女の姿は、先程までの自由気ままなものとは別人のようであった。

一通りのルーティーンを終えた私は、楽奈さんに声をかける。

「お待たせしたわね。準備はどうかしら?」

「ん、だいじょぶ。」

手際よくギターを取りだし、シールドと繋げる。

とても年季の入った、それ故にとても大事にされていることがわかるギター。

互いに目を合わせ、楽奈さんは弾き始めた。

彼女の音は素晴らしかった。

紗夜の音は正確無比だが、この少女は音をなぞった上で更にアレンジを加えてくる。

(この子、本当に初めての曲を弾いているのかしら……?)

スコアを眺めてはいたが、実際に弾くのは初めてのはずだった。

そのはずなのに。

(私の歌に合わせて、アレンジを変えてくるなんて……。まだまだ荒いけれど、この余裕を感じさせる音はなかなかね……!)

歌いながら、楽奈さんに目を向ける。

とても楽しそうに演奏する彼女は、心の底から音楽を愛している顔をしていた。

『決意』の歌が終わる。

お互いに、顔を見合わせた。

青と金、2つの色がこちらを覗く。

その瞳の奥から、ただひたすらの満足感を訴えていた。

肩で呼吸をする楽奈さんに、私は伝えた。

「ねえ楽奈さん、また良ければ一緒に音楽をやってくれないかしら。」

これは本心だった。

Roseliaのメンバーを集めていたときを思い出す。

燐子と、あこと、紗夜と、リサと、私。

5人で初めて音を重ねたときの、何にも代え難い高揚感。

それに次ぐ爽快感といっても過言ではない。

「ん、わたしも楽しかった。またやりたい。」

そこからのことは、あまり覚えていない。

この昂った気持ちをそのままに帰るわけにもいかず、自由に音を合わせていた気がする。


受付にて鍵を返す。

持ち場が変わったのか、受付は山吹さんから黒髪ロングヘアーの人に変わっていた。

「ありがとうございました。

これ、部屋の鍵です。」

「ご利用ありがとうございました……って、

もしかしてRoseliaの湊友希那さんですか?」

受付スタッフの方が小声で話しかけてきた。

リサから外に出るときは変装した方がいいと言われていたが、どうやら本当らしい。

私としては隠す必要性をあまり感じないけれど、街中で突然声をかけられてしまうのは面倒に思える。

「りっきー、抹茶パフェ」

いつの間にかカウンターに座り、スタッフさんにパフェを要求する楽奈さん。

「ちょ、なんで野良猫が湊さんと一緒に…!?」

(もしかして、この方が楽奈さんのバンドの?)

りっきーと呼ばれたスタッフさんは、楽奈さんが私に迷惑をかけたのではないかと、しきりに謝っていた。

「気にしなくて大丈夫ですよ。

今日は私が楽奈さんを誘ったので。」

ポケットから飴を取りだし、リスのように頬張りながら、私たちにピースをする楽奈さん。

これは肯定の意味だろうか。

それにしても、何度見ても小動物のように思えてくる。

「楽奈さん、今日は本当にありがとう。

またどこかでやりましょう。」

「わたしもたのしかった。またバンドしよ。」

言葉を交わし、少女と別れる。

腕時計が刻むは午後7時。

時間にして2時間ほど経っていたようだ。

吹きつける冷たい風は、冬の訪れを知らせている。

しかし、今の私はそれ以上の熱を感じていた。

ポケットからスマホを取り出し、メッセージを送る。

『ねえ、今からCiRCLEに来れたりしないかしら。』

火照った顔を冷ましてから、家に帰ろう。


それから数日後のこと。

バンド練習のため、『RiNG』へと訪れた日。

受付を済ませ、部屋へと向かう最中のことだった。

5人編成のバンドはとても多い。

ゆえに、他のバンドに対して興味を抱いていなければ、景色に溶け込んでしまう。

普段そこまで他人に興味が無い私は、すれ違ったことにすら気づいていないこともある。

けれども、その日は違った。

白髪で、青と金の瞳を持ち、抹茶とギターをこよなく愛する、小さな女の子の姿。

思わず私は、声をかけた。

「久しぶりね、楽奈さん。」

「ん、ゆきな。ひさしぶり。うしろの人たち、ゆきなのバンド?」

「ええ、そうよ。楽奈さんも同じじゃないかしら?」