秋と紅葉と洞察と

 日本で一番高い場所と質問されれば、まあ定義にもよるでしょうけれど、大体多くの人が”富士山”だとか”東京スカイツリー”だとかを提示するでしょう。世界規模で質問されれば、”エベレスト”だとかなんか知らないですけどアラブの方にある800m超のビルが出てくるかもしれません。もしかすれば私が知らないとき知らない場所で、”最も高い”を目指して挑戦している人々がいるのかもわかりません。

 ”一番”というのは、なんと良い響きの言葉なのでしょうか。競う世界は大小問わず星の数ほど存在していますけれど、誰よりも優れているという事実というか栄誉というか、そういったものは人間だれしも憧れを持ってしまうものです。その”一番”をめぐって争った結果が、今のスポーツであったりとかランキング制度であったりとか、2度起きた世界大戦になるのでしょう。どんなに無欲を自称していても人間は”一番”を追い求め、争い合うしかないのです。

 私が身を置く初星学園プロデューサー科というのは、この”一番”をめぐる争いに身を投じるための場所の一つに過ぎません。全国から”トップアイドル”を目指して集まった少女たちが切磋琢磨しているこの環境において、私をはじめとした数少ないプロデューサーに注目されることはある種のステータス。そこからプロデュース契約へと至るかもしれないのですから、アイドルの卵たちは隙あらば私たちにアピールをしてきます。かくいう私自身も、片手どころか両手両足の指を全部使っても数えきれないくらいには声をかけられているのですが、各々の血と汗によって作られた努力の結晶体の一片を目にすると、「私のような人間が、彼女たちの人生を背負うわけにはいかない」なんて思ってしまって、断り続けてしまっています。心の底からの謝罪を彼女たちにすることで彼女たちは表面上は感謝や再挑戦の意志など前向きな言葉を口にするのですが、目の奥で光っていたはずのキラキラが濁っていくんです。評価に結びつかず断られてしまったのだからそれは当然なのですが、その反応は私の脳裏にくっきりと焼かれていて、私はどうしたらいいのかと頭を更に抱えてしまうのです。


「でも、プロデューサーは分の悪い賭けをしたよね。」

「勝手に思考を読み取ってくるの、やめてもらってもいいですか。」

「むう、担当アイドルとデートしているときに妄想にふけるプロデューサーを洞察していただけなのに。」

 ショッピングモール4階の更衣室。私の独断と偏見で見繕った秋服に着替えた彼女が当たり前のように、私の頭の中をのぞいてくる。プロデューサー科で学んだことのひとつに、「担当アイドルの考えていることや求めていること、感情の動きには必ず目を見張っていなければいけない。」というものがあり、それから彼女に対して軽い気持ちで実践していただけだったのですけれど、いつの間にか彼女のことが頭から離れなくなってしまって、それはもう日常のありとあらゆる瞬間に存在しているんですよ。視界の隅にベージュのカーディガンが入るだけで思わず目で追ってしまいますし、周囲の喧騒にかき消されてしまいそうなか細い声を聞き逃さないようにしていたら、彼女の声なんて聞こえるはずもないのに振り返ってしまうんです。

「『プロデューサーという立場にありながら担当アイドルの沼にはまりすぎているのは良くないんじゃないかっておもうんですよね。』」

「……。」

「どんぴしゃ。プロデューサーは顔に書いてあるから読みやすい。」

 もし今私が初星学園で借りている教室にいたなら、大きなため息をつきながら頭を抱えてうずくまっていました。プロデューサー科の同期からは「隠し事が得意そうだよね」なんて半分悪口みたいなことを言われたこともあるのに、彼女はそんなのお構いなしに思考を読み取ってくるのですから、おそらく同期は適当に私のことを分析したんでしょう。

「あとは担当アイドルがプロデューサーのことを好きすぎるからかもね。」

 もう私はツッコミを入れません。彼女の頭脳に張り合える人間なんて世界中を探しても少数なのですから、私のような一般人が彼女に読み取られないように思考をめぐらすのは不可能なんです。別に読み取られて困るようなことは……あんまりないのですから、彼女が所構わずやらなければそんなに問題はないでしょう。

「ところでプロデューサー。この服、どう?」

「ええ、とっても似合ってますよ。篠澤さんはセンスがありますね。」

「ふふ。プロデューサーが選んでくれたから、安心して着られる。サイズもわたしにぴったりだし、やっぱりプロデューサーはわたしのこと好きすぎ。」

「プロデューサーなんですから、担当アイドルの服の大きさで間違えるわけにはいきませんよ。気に入ってもらえましたか?」

「うん。秋っぽくて好き。プロデューサー、ありがとう。」

「それはなによりです。それじゃ、行きましょうか。」

「え、お会計は?」

「もう済ませてありますよ。以前ここに来て、見繕っていたんです。」

「もしわたしが気に入らなかったら、どうするつもりだったの?」

「……これくらいの賭け、もう慣れましたよ。」


 紅葉色のセーターに身を包んだ彼女が、物珍しそうに周りを見渡していました。東北出身の彼女からすれば、それなりに温かい秋に馴染みがなくて興味を持っているのかもしれません。”天才少女”なんて呼ばれつつも彼女はまだ15歳なのですから純粋な気持ちでファッションや景色を楽しんでもらいたいなんて思うのは、少々傲慢なのでしょうか。

 そもそも私たちが休みの日に外出しているのは、ほかでもない彼女からの要望でした。本当のところは日々の(彼女からすれば)過酷なレッスンをこなしている身体を休ませてほしいと思っているのですが、彼女は一度決めたら基本的に引き下がらないのでどうにか休みを1日延長してもらってショッピングモールへと向かってきたのです。もう少し寒くなってから渡す予定だった秋服が前倒しになっただけなので何ら問題はないのですけれど、相変わらず彼女は自由気ままで敵いません。

「わたし、こんなにきれいな紅葉、はじめて見たと思う。連れてきてくれてありがとう、プロデューサー。」

「喜んでいただけたなら、なによりです。」

 地面は紅一色。端によけて山積みにされている葉の山は柔らかなクッションみたいで、それを見つめる彼女の琥珀色の瞳はとても光り輝いていて、物珍しそうに見つめる彼女の横顔は芸術品のようで、プロデューサーを志していなかった世界線では絶対に巡り会うことはないと思えてきます。

「プロデューサー。」

 見惚れていた私の2歩先に、彼女は立っていました。振り返ってこちらを見ることなく、でも決して私から心を逸らすこともなく。か細く綺麗で美しく儚い音で、私を真正面から捉えていました。

「プロデューサーに出会えたから、わたしは夢を叶えることができた。まるで夢みたいな”ままならない毎日”が、とっても楽しい。」

「……篠澤さんのアイドル人生は、まだまだこれからですよ。」

 色素の薄い髪と肌。風が吹いただけで消えてしまいそうな薄氷のような脆さは半年前から変わらないですが、以前とは見違えるほど改善した立ち姿に成長を感じ、思わず涙がこぼれてしまいそうです。しかし、『”ままならない日々”を終わらせない』と約束までした彼女が、この程度で満足するわけがありません。


「ふふ。プロデューサー、わたしの理解度が高い。これからもわたしと一緒に、いてね?」

 振り向いてにこりと笑う、篠澤広。

 彼女の笑顔はまるで、アイドルのような__


「むう。プロデューサーは忘れているかもしれないけど、わたしは”アイドル”、だよ?」