貴女の瞳に、私はどう映っていますか?
彼女を初めて目にしたのは本当に偶然だった。
インフルエンザが大流行した冬のある朝、友人から突然知りもしないし興味のなかったアイドルのライブに誘われたのだ。確かその時はインフルに倒れてしまった友人のそのまた友人の代わりとしてだったから、まあ俗にいう人数合わせのようなもので、特段予定のなかった私はあまり深くも考えず了承の返事を送っていた。
興味がなくとも折角行くのだから事前知識くらいは入れておこうかと、待ち合わせの場所へと向かう電車の中で軽く調べてみて、どうやらそれはこれからデビューする予定のアイドルたちが出演するイベントなのだと知って困惑してしまった。せめてテレビやネットニュースくらいで見かけたことのあるアイドルならまだしも、まったくの無名アイドルのデビューライブを見に行くなんて考えられないし、せっかくメイクもしてライブ向きの動きやすい服装をクローゼットの中から引っ張り出してきたというのに、これではライブ会場前の看板でインスタに挙げる用の写真を撮ってもそこまで反応が貰えないかもしれないのだから、これでは準備に費やした時間も費用も意味がないじゃないかと、まだ始まってもいないのに肩を落としてしまった。
少しだけ沈んでしまった感情はなかなか戻らなくて、作ってしまった笑みを貼り付けながら会場に入り、作った笑みを崩さないよう周りに合わせてペンライトを振っていく。もはや私にとってこのライブは消化試合で、まあでもちょっとは貴重な経験ができたのかもしれないなと、このあと待ち受ける友人との感想会に備えて必死に当たり障りない言葉を積み立てていた。
友人がどうにか手に入れたらしい最前列の席で、これからアイドルを目指す子たちが出てきてはパフォーマンスをし、ステージ端へと消えていく、そんな変わり映えのない繰り返しを眺めていた。変化に乏しいつたないパフォーマンスと必死な表情、そして過剰とも不足しているとも言えない程度の丁度良い照明を浴びて疲れがたまってしまい、そろそろ終わらないかなと思った矢先のことだった。
「むかえる。あなたを。」
あの"光景"を見た瞬間から、私のその生活には彼女の姿が声が映りこむようになった。どこへ行っても何をしても彼女はどんなことを感じて思って過ごしているのだろうと空想するようになって、新しいことや懐かしいものに触れるたびに彼女ならどうだろうかと考えずにはいられないくなる。そんなもはや病気ともいえるかもしれない衝動が毎秒毎分毎時間毎日飽きることなく寝る間もなく襲いかかってきて、ついには私を誘った友人からでさえ心配されるようになってしまって。
どうやら私はあの新人アイドルに恋をしてしまった。
私はひとめぼれをするようなロマンチックな出会いにときめくような人間でもなければ、そもそも恋することすら満足にせず人生が終わると思っていた。そのはずなのにまさか同性のアイドルに対して推しの心ではなく恋愛感情を持ってしまうなど完全に予想していなくてまったく困ってしまう。彼女のことを考えていると幸せになれるし、もしかしたら街中ですれ違ったりするかもしれないからと少しだけメイクに気を使ったりするようになって、そんなこれまでのずぼらな生活とは似ても似つかない動きをするようになったら、母親から恋人でもできたんじゃないかと勘繰られたりするようになってしまって、なんだかそれがどうにも可笑しくて曖昧な返答をし続けている。
私はただひたすらに彼女のことを想い続けそれに彼女はライブや時折現れるテレビ番組で応えてくれて、客席や画面の向こうに存在する私を含む数多の人々に向けてその純粋で熱のこもった眼差しを向けてくれて、その姿その表情その振舞いすべてが愛おしい。私にとって彼女はただの推しなんかじゃなくて、私の考え生き方人生そのものが変わってしまうくらいに大きな影響で、それは私にとって生きる指針生きる意味と言っても過言じゃない。しばらくライブに行けずとも彼女のことを忘れる瞬間など一瞬も存在しないし彼女が発した言葉の欠片を拾い集めてはコレクションしては毎夜眺める日々を送り続けていた。
貴女のことを想い続けて、とても長い時間が過ぎていったような気がする。まだ貴女と出会ってから一年どころか半年程度しか過ぎていないというのに、長いこと連れ添った生涯の恋人かのように思えてくるほど充実した日々を過ごしていた。
私から見た貴女はいつしか、信仰の対象に近づいていた。それは私だけじゃなくて、彼女のことを崇拝する同志は着実に増えている。
そんな私は。
貴女を愛し、崇拝する私は。
貴女の琥珀色の瞳には、どう映っているのでしょうか?